乃木坂浪漫 ep98 12.09.18 齋藤飛鳥 × 中島敦『山月記』

乃木坂浪漫 ep98 12.09.18 齋藤飛鳥
开场白:市來玲奈
朗读作品:中島敦『山月記』

1942年,作者于『文学界』上发表的出道处女作。

人間であった時、(おれ)は努めて人との(まじわり)を避けた。人々は己を倨傲(きょごう)だ、尊大だといった。実は、それが(ほとん)羞恥心(しゅうちしん)に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論(もちろん)、曾ての郷党(きょうとう)の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは()わない。しかし、それは臆病(おくびょう)な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨(せっさたくま)に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に()することも(いさぎよ)しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
今思えば、全く、己は、己の()っていた(わず)かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも()さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を(ろう)しながら、事実は、才能の不足を暴露(ばくろ)するかも知れないとの卑怯(ひきょう)危惧(きぐ)と、刻苦を(いと)う怠惰とが己の(すべ)てだったのだ。虎と成り果てた今、己は(ようや)くそれに気が付いた。どうすればいいのだ。己の空費された過去は? 己は(たま)らなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の(いわ)に上り、空谷(くうこく)に向って()える。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき(やす)い内心を誰も理解してくれなかったように。己の毛皮の()れたのは、夜露のためばかりではない。




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