乃木坂浪漫 ep91 12.09.05 生駒里奈 × 小川未明『赤いろうそくと人魚』


乃木坂浪漫 ep91 12.09.05 生駒里奈
开场白:深川麻衣
朗读作品:小川未明『赤いろうそくと人魚』

以流传于新潟県的人鱼传说为题材而写下的童话作品,于1921年(大正10年)发表。

あるとき、南の方の国から、香具師(やし)が入ってきました。なにか北の国へいって、珍らしいものを探して、それをば南の方の国へ持っていって金をもうけようというのであります。
 香具師は、どこから聞き込んできたものか、または、いつ娘の姿を見て、ほんとうの人間ではない、じつに世にも珍らしい人魚であることを見抜いたものか、ある日のこと、こっそりと年寄り夫婦のところへやってきて、娘には分らないように、大金(たいきん)を出すから、その人魚を売ってはくれないかと申したのであります。
 年寄り夫婦は、最初のうちは、この娘は、神さまのお授けになったのだから、どうして売ることができよう。そんなことをしたら罰が当るといって承知をしませんでした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやってきました。そして年より夫婦に向って、
「昔から人魚は、不吉なものとしてある。いまのうちに手もとから離さないと、きっと悪いことがある」と、まことしやかに申したのであります。
 年より夫婦は、ついに香具師のいうことを信じてしまいました。それに大金になりますので、つい金に心を奪われて、娘を香具師に売ることに約束をきめてしまったのであります。
 香具師は、たいそう喜んで帰りました。いずれそのうちに、娘を受取りに来るといいました。
 この話を娘が知ったときは、どんなに驚いたでありましょう。内気な、やさしい娘は、この家を離れて幾百里(いくひゃくり)も遠い、知らない、熱い南の国にゆくことをおそれました。そして、泣いて、年寄り夫婦に願ったのであります。
「わたしは、どんなにも働きますから、どうぞ知らない南の国へ売られてゆくことを許して下さいまし」と、いいました。
 しかし、もはや、鬼のような心持ちになってしまった年寄り夫婦はなんといっても娘のいうことを聞き入れませんでした。
 娘は、へやのうちに閉じこもって、いっしんにろうそくの絵を描いていました。しかし年寄り夫婦はそれを見ても、いじらしいとも(あわ)れとも思わなかったのであります。

乃木坂浪漫 ep90 12.09.04 西野七瀬 × 田山花袋『少女病』


乃木坂浪漫 ep90 12.09.04 西野七瀬
开场白:深川麻衣
朗读作品:田山花袋『少女病』

与其代表作『被褥』同年发表的短篇小说。

此主人公は名を杉田(すぎた)古城(こじょう)()って言うまでもなく文学者。若い頃には、相応に名も出て、二、三の作品は随分喝采されたこともある。此男は昔から左様(そう)だが、()うも若い女に憧れるという悪い癖がある。若い美しい女を見ると、平生(へいぜい)は割合に鋭い観察眼もすっかり権威を失ってしまう。若い時分、盛んに所謂(いわゆる)少女小説を書いて、一時はずいぶん青年を()せしめたものだが、観察も思想もないあくがれ小説がそういつまで人に飽きられずに居ることが出来よう。遂には此男と少女と謂うことが文壇の笑草(わらいぐさ)の種となって、書く小説も文章も皆笑の声の(うら)没却(ぼっきゃく)されて(しま)った。
電車は代々木を出た。
 春の朝は心地が好い。日がうらうらと照り渡って、空気はめずらしくくっきりと(すき)(とお)って居る。けれど無言の自然を見るよりも活きた人間を眺める眺めるのは困難なもので、余りしげしげ見て、悟られてはという気があるので、(わき)を見て居るような顔をして、そして電光(いなずま)のように早く鋭くながし眼を遣う。
四ツ谷からお茶の水の高等女学校に通う十八歳位の少女、身装(みなり)も綺麗に、ことにあでやかな容色(きりょう)、美しいと言ってこれほど美しい娘は東京にも沢山はあるまいと思われる。
込み合った電車の中の美しい娘、これほどかれに趣味深くうれしく感ぜられるものはないので、今迄にも既に幾度(いくたび)となく其の嬉しさを経験した。柔かい衣物が触る。得ならぬ香水のかおりがする。
美しい眼、美しい手、美しい髪、(どう)して俗悪な此世の中に、こんな綺麗な娘が居るかとすぐ思った。誰の妻君(さいくん)になるのだろう、誰の(かいな)に巻かれるのであろうと思うと、堪らなく口惜しく情けなくなってその結婚の日は何時だか知らぬが、其日は呪うべき日だと思った。 

乃木坂浪漫 ep89 12.09.03 松村沙友理 × 森鴎外『寒山拾得』

乃木坂浪漫 ep89 12.09.03 松村沙友理
开场白:深川麻衣
朗读作品:森鴎外『寒山拾得』

充满谜团的内容、读后给人留下余韵的短篇小说。

拾得(じっとく)という僧はまだ当寺(とうじ)におられますか」
道翹(どうぎょう)は不審らしく(りょ)の顏を見た。「()く御存じでございます。先刻あちらの(くりや)で、寒山(かんざん)と申すものと火に当っておりましたから、ご用がおありなさるなら、呼び寄せましょうか」
「ははあ。寒山も来ておられますか。それは願ってもない事です。どうぞ御苦労(ついで)(くりや)にご案内を願いましょう」
道翹は本堂に()いて西へ歩いて行く。
 閭が背後(うしろ)から問うた。「拾得さんはいつ頃から当寺におられますか」
「もうよほど久しい事でございます。あれは豊干(ぶかん)さんが松林(まつばやし)の中から拾って帰られた(すて)()でございます」
「それからただ今寒山と()っしゃったが、それはどういう方ですか」
「西の方の寒巌(かんがん)と申す石窟(せっくつ)に住んでおりますものでございます。残っている飯や菜を竹の筒に入れて取っておきますと、寒山はそれを(もら)いに参るのでございます」
このとき道翹が奧の方へ向いて、「おい、拾得」と呼び掛けた。
 頭を剥き出した方は振り向いてにやりと笑ったが、返事はしなかった。これが拾得だと見える。帽を被った方は身動きもしない。これが寒山なのであろう。
閭はこう見当を附けて二人の(そば)へ進み寄った。「朝儀(ちょうぎ)大夫(たいふ)使持節(しじせつ)台州(たいしゅう)主簿(しゅぼ)上柱国(じょうちゅうこく)賜緋魚袋(しひぎょたい)閭丘胤(りょきゅういん)と申すものでございます」。
 二人は同時に閭を一目見た。それから二人で顏を見合わせて笑声(わらいごえ)を出したかと思うと、(くりや)を駆け出して逃げた。逃げしなに寒山が「豊干(ぶかん)がしゃべったな」と言ったのが聞えた。

乃木坂浪漫 ep88 12.08.30 橋本奈々未 × 中島敦『名人伝』

乃木坂浪漫 ep88 12.08.30 橋本奈々未
开场白:深川麻衣
朗读作品:中島敦『名人伝』

此短篇小说是作者中島敦于33岁时离世的遗作。

九年たって山を降りて来た時、人々は紀昌の顔付の変ったのに驚いた。以前の負けず(ぎら)いな精悍(せいかん)面魂(つらだましい)何処(どこ)かに影をひそめ、何の表情も無い、木偶(でく)のごとく愚者の如き容貌(ようぼう)に変っている。しかし、飛衛はこの顔付を一見すると感嘆して叫んだ。これでこそ初めて天下の名人だ。
邯鄲の都は、天下一の名人となって(もど)って来た紀昌を迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に(わきかえ)返った。
ところが紀昌は一向にその要望に(こた)えようとしない。いや、弓さえ絶えて手に取ろうとしない。山に入る時に携えて行った楊幹麻筋の弓もどこかへ()てて来た様子である。そのわけを(たず)ねた一人に答えて、紀昌は(ものう)げに言った。至為(しい)()す無く、至言は言を去り、至射は射ることなしと。なるほどと、至極物分りのいい邯鄲の都人士は直ぐに合点した。弓を執らざる弓の名人は彼等の(ほこり)となった。紀昌が弓に触れなければ触れないほど、彼の無敵の評判は愈々(いよいよ)喧伝(けんでん)された。
或日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器具を見た。確かに見憶(みおぼ)えのある道具だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途(ようと)も思い当らない。老人はその家の主人に(たず)ねた。それは何と呼ぶ品物で、また何に用いるのかと。主人は、客が冗談(じょうだん)を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。老紀昌は真剣(しんけん)になって再び尋ねる。三度紀昌が真面目(まじめ)な顔をして同じ問を繰返(くりかえ)した時、始めて主人の顔に驚愕(きょうがく)の色が現れた。彼は客の眼を凝乎(じっ)と見詰める。
「ああ、夫子(ふうし)が、――古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや? ああ、弓という名も、その使い(みち)も!」
 その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆を隠し、楽人は(しつ)の絃を断ち、工匠は規矩(きく)を手にするのを恥じたということである。