乃木坂浪漫 ep03 12.04.04 白石麻衣 × 田山花袋《蒲団》


乃木坂浪漫 2012年4月4日 ep03 白石麻衣
开场白:深川麻衣
朗读作品:田山花袋《蒲団》

朗读部分:

「さびしい生活、荒涼たる生活は再び時雄の家に音信おとずれた。子供を持てあまして喧やかましく叱しかる細君の声が耳について、不愉快な感を時雄に与えた。」
「生活は三年前の旧むかしの轍わだちにかえったのである。」
「五日目に、芳子から手紙が来た。いつもの人懐なつかしい言文一致でなく、礼儀正しい候文そうろうぶんで、」

「時雄は雪の深い十五里の山道と雪に埋れた山中の田舎町とを思い遣やった。別れた後そのままにして置いた二階に上った。懐かしさ、恋しさの余り、微かすかに残ったその人の面影おもかげを偲しのぼうと思ったのである。武蔵野むさしのの寒い風の盛さかんに吹く日で、裏の古樹には潮の鳴るような音が凄すさまじく聞えた。別れた日のように東の窓の雨戸を一枚明けると、光線は流るるように射し込んだ。机、本箱、罎びん、紅皿べにざら、依然として元のままで、恋しい人はいつもの様に学校に行っているのではないかと思われる。時雄は机の抽斗ひきだしを明けてみた。古い油の染みたリボンがその中に捨ててあった。時雄はそれを取って匂においを嗅かいだ。」

「女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟えりの天鵞絨びろうどの際立きわだって汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅かいだ。」
「性慾と悲哀と絶望とが忽たちまち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。」
「薄暗い一室、戸外には風が吹暴ふきあれていた。」

乃木坂浪漫 ep02 12.04.03 橋本奈々未 × 坂口安吾《堕落論》


乃木坂浪漫 2012年4月3日 ep02 橋本奈々未
开场白:深川麻衣
朗读作品:坂口安吾《堕落論》

朗读部分:

「半年のうちに世相は変った。醜しこの御楯みたてといでたつ我は。大君のへにこそ死なめかへりみはせじ。若者達は花と散ったが、同じ彼等が生き残って闇屋やみやとなる。ももとせの命ねがはじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。けなげな心情で男を送った女達も半年の月日のうちに夫君の位牌いはいにぬかずくことも事務的になるばかりであろうし、やがて新たな面影を胸に宿すのも遠い日のことではない。人間が変ったのではない。人間は元来そういうものであり、変ったのは世相の上皮だけのことだ。」

「私は偉大な破壊が好きであった。私は爆弾や焼夷弾しょういだんに戦おののきながら、狂暴な破壊に劇はげしく亢奮こうふんしていたが、それにも拘らず、このときほど人間を愛しなつかしんでいた時はないような思いがする。」

「運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである。」

「近頃の東京は暗いというが、戦争中は真の闇で、そのくせどんな深夜でもオイハギなどの心配はなく、暗闇の深夜を歩き、戸締なしで眠っていたのだ。戦争中の日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。」

「だが、堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間達の美しさも、泡沫ほうまつのような虚しい幻影にすぎないという気持がする。」

「特攻隊の勇士はただ幻影であるにすぎず、人間の歴史は闇屋となるところから始まるのではないのか。未亡人が使徒たることも幻影にすぎず、新たな面影を宿すところから人間の歴史が始まるのではないのか。」

「生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。」

「戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」

乃木坂浪漫 ep01 12.04.02 生駒里奈×夏目漱石《夢十夜》

乃木坂浪漫 2012年4月2日 ep01 生駒里奈
开场白:深川麻衣
朗读作品:夏目漱石《夢十夜》

朗读部分:

こんな夢を見た。

腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。自分も確にこれは死ぬなと思った。

「死んだら、埋めて下さい。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。あなた、待っていられますか」

自分は黙って首肯いた。

「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。

自分はただ待っていると答えた。

すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。もう死んでいた。

そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定した。

自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。

すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁を開いた。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。